はじめに

自分の悩みというものについて向き合う際に、自分の親子関係の影響というものを考える時があります。そして、自分の親子関係の影響を考える時には、少なからず「親を許す」ということに関心を持つこともあるかと思います。

この「親を許す」というテーマに関しては、様々な意見や考えが飛び交っているのはご存知でしょうか。

親を許すというたった4文字の中にも、親、自分、自分の親と自分の親子関係、許すという4つの要素があります。これらが複雑に絡み合うことで、様々な意見や考えが生まれてくるのではないかと私は考えています。
親を許すというのはとても大きなテーマですので、取り組む際には親、自分、自分の親と自分の親子関係、許すという4つの要素をしっかりと捉えておくことが必要です。

「親を許す」あるいは単に「許す」という言葉だけが先行することで戸惑ってしまうことが無いように、3つの指針を紹介したいと思います。

親を許すということに戸惑わないようにするための3つの指針

  1. 親を許すことより親の精神的な支配から自分を解放することの方がはるかに先決事項
  2. 親を許すの一言で片づけない
  3. 今すぐにできるかできないかを問うものではない

1. 親を許すことより親の精神的な支配から自分を解放することの方がはるかに先決事項

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親を許すということに関して、このような言葉を見聞きしたことはありませんでしょうか。

  • 親を許すことで自由になれる
  • 親を許すことで幸せになれる
  • 親を許すことで人生が好転する

一見するとどれも良さそうな言葉ですが

これらの言葉は一見するとどれも良さそうな言葉なのですが、なんだか親を許さないと自由や幸せや人生が築けないと言われているような気がしませんか?

だから、親を許せない悩みに留まり続けてしまうんです。

あるいは「親を許さなければならない」という気持ちから親を許そうと努力してしまうんです。

たとえ「親を許さなければならない」という気持ちから親を許したとしても、義務感から生じた許しは許しではないのです。本当は許せていないことのわだかまりに気づいた時に自己否定や自己嫌悪の感情が出てきてしまいます。

少し立ち止まって考えてみましょう

先ほどの3つの言葉は、あなたと親との関係性が許しというもので結ばれた時にあなたの自由や幸せや人生が決められるということを意味しているのにお気づきでしょうか?

つまり、あなたの自由や幸せや人生を築くことが、親との関係性がどうであるかということに依存するという意味なんです。

自分と親との関係性で自分の自由や幸せや人生が決まっていくのでしょうか?
親を許すということは大事なことですが順番が逆です。まずは、あなたの自由や幸せや人生を豊かにしていくことが先です。そのためには、不健全な親からの精神的な分離を進めていきましょう。

健全な自分になるためには、親を許すことより親の精神的支配から自分を解放することの方がはるかに先決事項なのです。

まとめると

  • 決して親を許すことが最初ではない、順序が大事
  • まずは自分の自由や幸せや人生を築いていくこと、そのために不健全な親からの精神的な分離を進めていくことが最初
  • 親の精神的支配から自分を解放することで健全な自分になる

2. 親を許すの一言で片づけない

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親を許すというのはとても重要なことなのですが、親を許すということにまつわる自分自身の心の整理も大事です。むしろ自分自身の心の整理の方がやることの大半です。そのためにポイントとなる5つの事項があります。

(1)自分自身を許す
(2)親の精神的支配から自分を解放する
(3)親を恨んだり憎んだり責めたりしないようにする
(4)親の罪や責任を免除する
(5)無条件の愛をあきらめない

(1)自分自身を許す

自分で引き受ける責任と引き受けなくてもいい責任を明確にさせる

自分自身を許すためには、自分で引き受ける責任と引き受けなくてもいい責任を明確にさせます。親からの精神的依存から抜け出すためには必要なことです。

自分で引き受ける責任というのはあなたが自分でしたことや自分でしなかったことの責任です。

  • 子供の頃にあなたが自分でしたことの責任はあなたにある、親に責任はない
  • 子供の頃にあなたが自分でしなかったことの責任はあなたにある、親に責任はない
  • 大人のあなたが自分でしたことの責任はあなたにある、親に責任はない
  • 大人のあなたが自分でしなかったことの責任はあなたにある、親に責任はない

一方で、引き受けなくてもいい責任というのは親があなたにしたことや親があなたにしなかったことの責任です。

  • 子供の頃に親があなたにしたことの責任は親にある、あなたに責任はない
  • 子供の頃に親があなたにしなかったことの責任は親にある、あなたに責任はない
  • 親が大人のあなたにしたことの責任は親にある、あなたに責任はない
  • 親が大人のあなたにしなかったことの責任は親にある、あなたに責任はない

まとめると次の2つに集約されます。

  • あなたが自分でしたことや自分でしなかったことの責任はあなたにある、親に責任はない
  • 親があなたにしたことや親があなたにしなかったことの責任は親にある、あなたに責任はない

自分で引き受ける責任が明確になったところで、自分で自分を許していきます。

  • 子供の頃に自分が自分でしたことの未熟さを認めて子供の頃の自分を許す
  • 子供の頃に自分が自分でしなかったことの未熟さを認めて子供の頃の自分を許す
  • 子供の頃に親が自分にしたことの責任は自分にはないことを認めて子供の頃の自分を許す
  • 子供の頃に親が自分にしなかったことの責任は自分にはないことを認めて子供の頃の自分を許す
  • 大人の自分が自分でしたことの未熟さを認めて大人の自分を許す
  • 大人の自分が自分でしなかったことの未熟さを認めて大人の自分を許す
  • 親が大人の自分にしたことの責任は自分にはないことを認めて大人の自分を許す
  • 親が大人の自分にしなかったことの責任は自分にはないことを認めて大人の自分を許す

まとめると次の2つに集約されます。

  • あなたが自分でしたことや自分でしなかったことの未熟さ認めて自分自身を許す
  • 親があなたにしたことや親があなたにしなかったことの責任は自分にはないことを認めて自分自身を許す
このような反対意見があるかもしれません

もしかすると、ここまでのお話の中で次のような反対意見があるかもしれません。

子供の頃の責任は全て親にある

確かに子供の頃に親があなたにしたことや親があなたにしなかったことの責任は親にあります。だからこそ、親があなたにしたことや親があなたにしなかったことの責任は自分にはないことを認めて自分自身を許すのです。

また、子供の頃にあなたが自分でしたことやあなたが自分でしなかったことの責任はあなたにあります。だからといって、子供の頃の自分を責めるということではありません。あなたが自分でしたことやあなたが自分でしなかったことの未熟さ認めて自分自身を許すのです。

子供の頃の責任は全て自分にある

確かに子供の頃にあなたが自分でしたことやあなたが自分でしなかったことの責任はあなたにあります。だからといって、子供の頃の自分を責めるということではありません。あなたが自分でしたことやあなたが自分でしなかったことの未熟さ認めて自分自身を許すのです。

また、子供の頃に親があなたにしたことや親があなたにしなかったことの責任は親にあります。親の責任をあなたが引き受ける必要はありません。だからこそ、親があなたにしたことや親があなたにしなかったことの責任は自分にはないことを認めて自分自身を許すのです。

自分自身を許すことができない場合のヒント

頭では自分自身を許すことが必要だとわかっていてもなかなかそう思えない場合があります。なぜなら、不健全な親子関係の中で育ってきた中で、自分で自分を許すのを難しくさせる認識が培われている可能性があると考えられるからです。

どのような認識かと言えば、親を許さなければ自分を許すことはできないという認識です。

そうなるのも無理はありません。なぜなら、不健全な親子関係の中では、子供は無意識に親の愛を”獲得”するために親を満足させる努力をしていた場合があるからです。

親の愛を”獲得”するために親を満足させる努力をしていた場合は、例えば次のような価値観が培われます。

  • 親の満足は子供の満足より優先させなければならない
  • 親を満足させることによって子供の満足が得られる

すると、何事も親が優先されることで、自分を許すことよりも親を許すことが優先されてしまい、「親を許さなければ自分を許すことはできない」という認識ができあがってしまいます。無理もないことです。

特に「親を許さなければならない」という思いが強い方は、背景に「親を許さなければ自分を許すことはできない」という思いがないかどうか確認してみてください。

親を許せなくても自分自身を許すことはできる

もし「親を許さなければ自分を許すことはできない」という認識があったなら、次の言葉で自分自身を許すことを許可してあげましょう。

私は親のために自分を許すのでない、自分のために自分を許す。
たとえ親を許すことができなくても、私は自分のために自分が作り出した自分の未熟さを許しても良い。

私は自分が作り出した自分の未熟さから生じた苦しみを許しても良い。
そして、私はその苦しみが私に知らせてくれたこと、気づかせてくれたことをありがたく受け取る。

親を許すことと自分自身を許すことを区別しましょう。自分自身の未熟さを許し、未熟さから生じた苦しみが知らせてくれたことや気づかせてくれたことを受け取ることで自己成長という伸びしろが生まれてきます。すると、自分で取ることのできる自分の人生の責任の範囲が明確になってきます。

まとめると
  • 自分自身を許すために、自分で引き受ける責任と引き受けなくてもいい責任を明確にさせる
  • 自分が自分でしたことの未熟さ認めて自分自身を許す、親が自分にしたことの責任は自分にはないことを認めて自分自身を許す
  • たとえ親を許せなくても自分自身を許すことはできる

(2)親の精神的支配から自分を解放する

自分自身を許すことで、大人の自分に起こっている問題は不健全な親子関係によって培われた認識、教え、考え方が影響しているのか影響していないのか、自分の判断で仕分けていくことが少しずつできるようになってきます。

誰でも子供は親を絶対的なものとして、自分を苦しめる言葉であっても親の愛情や正しい教えとして選別や判断もすることなく無意識に受け取ってしまうものです。自分の判断で仕分けて、不健全な親子関係によって培われた認識、教え、考え方が影響していることがわかったのなら、それを自分の判断で間違いであると認めて、自分の手で捨てていきます。

捨てていく過程で経験すること

不健全な親子関係によって培われた大人の自分を苦しめる認識、教え、考え方を間違いと認めて捨てていく過程で、自己否定、自己嫌悪、罪悪感、喪失感などの感情が現れてくることがあります。そのような感情が生じるのは自然なことです。感情を否定せずに次のような流れで自分を苦しめる認識、教え、考え方を捨てていきます。

  • 自己否定、自己嫌悪、罪悪感、喪失感などの感情を抱いた自分自身を許す
  • これまで自分を苦しめる認識、教え、考え方を持っていた自分自身を許す
  • そのような自分を苦しめる認識、教え、考え方はこれからはもう必要ないとはっきり別れを告げる

間違いだと認めることは大変な苦痛を味わうこともありますし、認めれば認めるほど連なって捨てていくものがたくさん出てきますが、精神的な分離が進んでいる証拠です。

まとめると
  • 大人の自分に起こっている問題は不健全な親子関係によって培われた認識、教え、考え方が影響しているのか影響していないのか、自分の判断で仕分けていく
  • 不健全な親子関係によって培われた大人の自分を苦しめる認識、教え、考え方は自分の手で捨てていく
  • 自己否定、自己嫌悪、罪悪感、喪失感を経験することもあるが、これからはもう必要ないとはっきり別れを告げる

(3)親を恨んだり憎んだり責めたりしないようにする

自分自身への許しと親の精神的な支配からの解放が進んでいくと、自分で取ることのできる自分の人生の責任の範囲が明確になってきます。すると、不用意に自分の人生の責任を親に求めることが少なくなり、親を恨んだり憎んだりする力が弱まってきます。

親を恨んだり憎んだり責めたりするためにあなたのエネルギーを使うのは得策ではありません。自分の自由や幸せや人生のためにエネルギーを注いだ方がいいのではないでしょうか。

どうしても親への恨みや憎しみの感情が生まれてきたら

親を恨んだり憎んだり責めたりしないようにしていても、どうしても親への恨みや憎しみの感情が出てくることがあります。その時は(1)自分自身を許すに戻ってみてください。

恨みや憎しみの感情を抱いた自分の未熟さを自分で許せばいいのです。そして、恨みや憎しみをという苦しみが自分に知らせてくれたこと、気づかせてくれたことを受け取りましょう。今以上にあなたが自己成長していけばいいのです。

恨んだり憎んだり責めたりしなくなる過程で経験すること

恨んだり憎んだり責めたりしなくなる代わりに経験する感情があります。それは、次の2つです。

  • 理想の親でなかったことの悲しみ
  • 理想の親であってほしいという願望

いずれもこのような感情が生じるのは自然なことです。

理想の親でなかったことの悲しみ

理想の親でなかったこと、健全な親子関係でなかったことへの悲しみを抱くことがあります。その時はそのような悲しみを抱いた自分自身を許し、悲しみを十分に味わってください。

理想の親であってほしいという願望

理想の親であってほしい、健全な親子関係であってほしいという願望を抱くことがあります。しかし、あなたの中にある理想の親像が実現されることはほとんどありません。たとえ、あなたが親を変えようと努力してもです。子供が親を説得する、諭す、攻撃する、恨む、憎むなどあらゆる手段を使っても、親自身が自ら変わることはほとんどありません。

なぜなら、親の不安定さは親自身そのことを自覚していない、あるいは不安定さを認めないことが多いからです。また、不健全な親子関係の中では親は子供が何かしらの異議を唱えることを拒否する態度を見せることが多いからです。

不安定な親を変えようと、わざわざ不健全な親子関係の中に自ら飛び込んでいく必要はありません。酷なことを申し上げますが、理想の親であってほしいという願望自体が、親への精神的な依存の表れなのです。

あなたの中にある理想の親像が実現されることはないことに遅かれ早かれ気がつく時が来ます。その時は、勇気を持って理想の親像を捨てましょう。とても深い悲しみがやってきますが、悲しみを抱いた自分自身を許し、悲しみを十分に味わってください。

悲しみの先に親の精神的支配からの解放がある

理想の親でなかったことの悲しみや理想の親であってほしいという願望を通過した後の悲しみの先には、親の精神的支配からの解放があります。順番が行ったり来たりしていますが、それだけ密接にからみあっているものなのです。

まとめると
  • 親を恨んだり憎んだり責めたりしないようにしていても、親への恨みや憎しみの感情を抱いた時はそのような感情を抱いた自分の未熟さを自分で許す
  • 理想の親であってほしいという願望が実現されることはないことに遅かれ早かれ気がつくもの、勇気を持って理想の親像を捨てる
  • 理想の親でなかったことの悲しみや理想の親像が実現されることはないことの悲しみを経験することもあるが、その先には親の精神的支配からの解放がある

(4)親の罪や責任を免除する

親を恨んだり憎んだり責めたりしないことの次にあるのが、親の罪や責任を免除するということではないでしょうか。

ここが一番難しい、一生かかっても無理かもしれない難題です。

なぜなら、親への恨みや憎しみといった何かしらの感情を抱くことそのものは自分自身の問題ですが、親の罪や責任が免除されるというのは、親自身が自ら変わることがなければ親の罪や責任を免除することはできないからです。そして、親自身が自ら変わるかどうかはあくまでも親自身に委ねられることだからです。

親の罪や責任を免除することができそうになければ

もし親の罪や責任を免除することができそうになければ、それはそれでいいのです。

親の罪や責任を免除するかしないかということよりも、(1)自分自身を許す、(2)親の精神的支配から自分を解放する、(3)親を恨んだり憎んだり責めたりしないようにすることの方が大事です。

親の罪や責任を免除しないことは悪いことではありません。親が自分にしたことの責任は親にある、大人の私の人生の責任は私にある、これ以上でもこれ以下でもないという親との境界線を引くまでです。

まとめると
  • 親自身が自ら変わることがなければ親の罪や責任を免除することはできない、親自身が自ら変わるかどうかはあくまでも親自身に委ねられること、あなた自身の問題ではない
  • もし親の罪や責任を免除することができそうになければ、それはそれでいい
  • たとえ親の罪や責任を免除することができなくても、親が自分にしたことの責任は親にある、大人の私の人生の責任は私にある、これ以上でもこれ以下でもないという親との境界線を引くことはできる

(5)無条件の愛をあきらめない

不健全な親子関係の中にあっても子供は親への無条件の愛を持っている

これまでの文章の中で次のようなことを言っていた箇所があったかと思います。

  • 誰でも子供は親を絶対的なものとして、自分を苦しめる言葉であっても親の愛情や正しい教えとして選別や判断もすることなく無意識に受け取ってしまうものです。
  • 不健全な親子関係の中では、子供は無意識に親の愛を”獲得”するために親を満足させる努力をしていた場合がある。

選別や判断もすることなく親の言葉を受け取ること、親の愛を”獲得”するために親を満足させる努力をすること、これらの根底にあるものは親への無条件の愛です。親を愛しているがゆえの行動なのです。

もし、親への無条件の愛が全く無かったとしたら、選別や判断もすることなく親の言葉を受け取りますでしょうか?親の愛を”獲得”するためにわざわざ親を満足させる努力をしますでしょうか?受けることも親を満足させる努力もしないのではないかと思います。

根底に親への無条件の愛を持っているからこそ成せることなのです。

親への感謝はしようと思って生まれるのではなく結果として生まれる

たとえ不健全な親子関係の中で生まれ育っていたとしても、自分自身を許すこと、親の精神的支配から自分を解放すること、親を恨んだり憎んだり責めたりしないようにすることを経過するうちに、まるでろ過されるかのようにして、徐々に親から無条件の愛を受け取っていたことを少しずつ感じることができる場合があります。そして、同時に親への無条件の愛を伴った感謝が生まれてくるのです。

親への感謝は、感謝しようと思って生まれるものではなく、結果として感謝が生まれるものなのです。

感じ取れなければそれはそれで構わない、感じ取ってみることが大事

もしかすると、親への無条件の愛を持っていたことや親からの無条件の愛を受け取っていたことを感じるのは簡単なことではないのかもしれません。しかし、自分自身を許すこと、親の精神的支配から自分を解放すること、親を恨んだり憎んだり責めたりしないようにすることの過程で機会を見て親への無条件の愛を持っていたことや親からの無条件の愛を受け取っていたことを感じ取ってみてください。もし感じ取れなければそれはそれで構いません。

まずは、親への無条件の愛を持っていたことや親からの無条件の愛を受け取っていたことを感じ取ってみることが大事です。

不健全な親子関係の中にあっても親へ無条件の愛を向けていたことは当然のことだった、仕方のないことだった、あるいは親から無条件の愛を与えられていたことが実はあったんだなどとほんの少しでも思うことがあるかもしれません。

まとめると
  • たとえ不健全な親子関係の中にあっても子供は親への無条件の愛を持っている
  • 親からの無条件の愛を受け取っていたということを感じ取ることで、親への無条件の愛を伴った感謝が生まれる
  • 親への無条件の愛を持っていたことや親からの無条件の愛を受け取っていたことを感じ取れなければそれはそれで構わない、感じ取ってみる、あきらめないことが大事

3. 今すぐにできるかできないかを問うものではない


「親を許しましょう」

この一言を示されると、こんな風に感じてしまうことはありませんでしょうか。

  • 今親を許せているのが良いことで、今親を許せていないのが悪いことのように聞こえてしまう
  • 親を許せていない現状にプレッシャーに感じてしまう
  • 今親を許せていない自分はダメな人間のように感じてしまう

「親を許す」とは言ってみても、今回お話してきた(1)自分自身を許す、(2)親の精神的支配から自分を解放する、(3)親を恨んだり憎んだり責めたりしないようにする、(4)親の罪や責任を免除する、(5)無条件の愛をあきらめないの5つの事項の大半は自分自身の心の整理です。そして、これらは今すぐにできるかできないかを問うものではありません。

(1)自分自身を許す、(2)親の精神的支配から自分を解放する、(3)親を恨んだり憎んだり責めたりしないようにするというのは、(1)が完全にできたら(2)に進む、(2)が完全にできたら(3)に進むというものでもありません。(1)~(3)を行ったり来たりすることもあるでしょう。その完全さを問うものでもありません。おおよその目安として(1)~(3)へと順番に進んでいきます。

(4)親の罪や責任を免除するというのは最後の最後にできるかもしれないですし、人によってはもはや取り組む必要がなかったり、取り組むことが不可能なこともあるでしょう。それならそれで構わないのです。

(5)無条件の愛をあきらめないは、(1)~(3)あるいは(1)~(4)へと進んでいく過程の中で感じ取っていくものです。

おわりに

親を許すというのはとても重要なことなのですが、親を許すということにまつわる自分自身の心の整理も大事です。むしろそっちの方がやることの大半です。親子関係にまつわる自分自身の心の整理は何ヶ月、何年とかかる大きな取り組みになるかもしれませんが、健全な自分を取り戻すために努力することが大事です。

もし不健全な親子関係で生まれ育った経験があったのなら、3つの指針と核となる5つの事項を元に自分自身の心の整理に取り組んでみてはいかがでしょうか。